病原菌を使っての癌治療

がん治療と言うと手術、放射線、薬剤、そして免疫療法が中核だが、これとは全く違う「病原菌」を用いてがんを治療する試みがあることを知って、今回はこの米国ジョンズ・ホプキンス大学からの論文を紹介する。

毒素を除去した病原菌

タイトルは「毒素を除去したガス壊疽菌の腫瘍内注入は抗がん効果がある(intratumoral injection of clostridium novyi-NT spores induces antitumor response)」で、8月13日号の科学誌サイエンス・トランスレーショナル・メディシン誌に掲載されている。ここで使われているクロストリジウム・ノビーという細菌は家畜の肝臓に感染、増殖して「ガス壊疽(えそ)」と呼ばれる文字通りガスを伴う病変を作る強烈な嫌気性菌だ。クロストリジウムの仲間には他にも、ボツリヌス菌、破傷風など強烈な菌が多い。この菌を直接腫瘍内に注射してがんを殺そうと言う、一見乱暴な研究だ。もちろんこのままがんの人に菌を注射すれば毒素の影響がある。このため遺伝子操作で毒素を除いた細菌を使っている。普通の嫌気性菌は酸素のある状態では死んでしまう。しかし、クロストリジウムという細菌は酸素の多い環境では芽胞(がほう)と呼ばれる状態に変化して生存する。注射するのはこの芽胞だ。治療のアイデア次のようだ。芽胞を腫瘍内に注入すると、元々低酸素の腫瘍内でクロストリジウムは再活性化し増殖しだす。しかし酸素の多い正常組織になると自然に増殖を止める。こうして腫瘍内だけで細胞と競合し、あるいは炎症やがんになっている人が本来持っている自然免疫を強めて腫瘍を殺すという考えだ。かなり長い研究の歴史があるようで、最初は静脈投与のように全身投与を行っていたようだ。イヌのような大動物を使った治療実験で頓挫してしまっていた。そこで腫瘍内に直接萌芽を注入する方法に変えた。小動物で効果を確かめた後、この論文ではペットとして飼われているイヌに自然発生した軟部組織の肉腫の治療に用いている。結果はまずまずで、16頭の腫瘍に注入して、完全に腫瘍が縮退したのが3頭、部分縮小が3頭、病態が安定したのが5頭で、全く効かなかったのが5頭だった。

人間でもまずまずの効果

これに励まされ、人間への治験が始まっているようだが、この論文では1人の平滑筋肉腫の治療事例について報告している。2006年8月に治療を始めて、現在も軽作業は可能な状態を保っているようだ。また心配される副作用も対応可能なレベルでとどまっている。1人だけの話だが期待を持てる結果だ。組織などよく見てみると、細菌と細胞の競合よりは炎症や免疫反応の影響が大きいようだ。とすると、現在行われている他の治療と組み合わせて転移がんに注入するなど、色々さじ加減も可能な治療に発展する可能性がある。まずもう少し大きなスケールでの治験結果を見たい。

文献情報

Roberts NJ et al.Intratumoral injection of Clostridium novyi-NT spores induces antitumor responses.Sci Transl Med. 2014;6:249ra111.